それからまた50年経った

鴉天狗も側近も結婚について五月蠅く言っていたのが嘘のように、あれから何も言わなくなった

まあ僕が一向に首を縦に振らなかったので諦めたのだろう

最近では僕の顔を見ては「はぁ〜」と深い溜息を吐くだけになった

僕はこれ幸いと、人間の営みを楽しみながら百鬼の主としての業務に専念するようになった



そんなある日、突然縁談話が持ちかけられた

しかしそれは僕のものでは無かった

その縁談は僕の側近に持ちかけられたものだった

「雪女もそろそろ古参の仲間入りに近い年頃、そろそろ伴侶などを迎えさせた方が良いかと・・・」

などと講釈を垂れる鴉天狗を僕は無意識のうちに睨み据えていた

「なんで?」

「は?なんでと申しますと?」

僕の言葉に鴉天狗はキョトンとした顔をして逆に聞き返してきた

その言葉に僕は思わず答えに詰まった



なんで?



なんでだろう・・・・

僕は己の中に浮かんだ疑問に唖然となった

今までどんな質問をされてもきちんと答えられたし、ぬらりくらりとやってこれたのに



なんでわかんないんだろう・・・・



初めて浮かんだ答えのない疑問に僕は途方に暮れた

「リクオ様?」

鴉天狗の訝しげな言葉に僕ははっと我に返った

「雪女にはまだ早い、それに側近頭としてやって貰う事はまだまだたくさんある、今はまだその時ではないよ」

と尤もな言葉を並べて鴉天狗を何とか黙らせた

「わかりました先方にはそのように伝えておきます、しかし・・・」

そこまで言って僕の顔をふと鴉天狗が見上げた

その探るような視線に僕はなんだと首を傾げていると

「それで良いのですか?」

と鴉天狗はさらに意味不明な言葉を並べた

その言葉にさらに意味が解らず、僕がいよいよもって首を斜めに傾けたとき

鴉天狗は「失礼しました」と慌てて言うとその場を逃げるように去って行ってしまった

後に残された僕は暫くの間、鴉天狗が言った言葉の意味を理解できず、それとは別に胸の内に湧いたこのもやもやがなんなのか一人悩んでいた







つららの縁談話から三日が経った頃

久しぶりにつららの姿を見かけた

久しぶりに見る側近の姿は以前と変わらず元気に屋敷中をくるくると忙しそうに駆けずり回っていた

そのいつもの様子に僕は自然と口元が綻んでしまう

昔から変わらない側近になんだか心の中が暖かくなり嬉しくなった

だからだろうか

本当に久しぶりに彼女に声をかけた

「つらら」

「あ、三代目」

彼女はいつの頃からか僕のことを「三代目」と呼ぶようになっていた

最初の頃は何か違和感があったが、今では慣れてしまい当たり前のように耳に響く

「久しぶりだね、いつ本家に帰ってきたの?」

「はい、一昨日の夜に。ご挨拶にも行かず申し訳ありませんでした」

つららは自身の失態に顔を真っ赤にさせて慌てて謝ってきた

僕はそれを制止し笑顔で頭を振った

「ううん、いいよそんな事。久しぶりに帰ってきたんだしゆっくりすればいいのに」

「でも・・・」

僕の言葉につららはばつが悪そうに指先をちょんちょんと合わせて俯いていた

昔から変わらない仕草、その声

僕はなんだか懐かしさと嬉しさでもう少しつららと話していたい気分になっていた

本当に彼女と話すのは久しぶりで

側近頭に任命した彼女は名実共に多忙を極め、あっちのシマやこっちのシマで引っ張りだこになっている

しかも新人の妖怪の指導も受け持つ彼女は、側近としての心構えとか振る舞いとかを新人相手にいつも熱弁しているらしい

僕の護衛としてももちろん活動しているのだが、最近は姿を見せないように気を使っているらしかった

陰に日向に僕を守っている事も手伝って、本当に彼女と顔を合わせることが久しぶりだった

そこでふと、僕は今まで疑問に思っていたことを彼女に聞いてみようと思った

「ねえ、つらら」

「はい、なんでしょう?」

「つららは何で僕の護衛を隠れてやってるの?」

僕の言葉につららはふっと視線を落とした

「そ、それは・・・」

何故か彼女は言い辛そうに口篭る

「つらら?」

「そ、それは、その・・・邪魔にならないようにです」

僕はつららの言葉に唖然とした



邪魔にならないってどういう事だろう



僕は無言のまま頬を染めて俯くつららを見つめながら過去の記憶を探り出した


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