それから僕は事ある毎につららを見るようになった

庭で掃除している姿

台所で夕餉の用意をしている姿

後輩達に側近の仕事を教えている姿

小妖怪たちと遊んでいる姿

取り持つシマへ顔を出しなにやら指示を出している姿

そんなつららをこっそりと観察しているとふと、聞き捨てなら無い会話が耳に飛び込んできた



「うふふ、つららはもういつお嫁に行っても恥ずかしくないわね」



それは一緒に台所に立つ女妖怪の何気ない一言だった

その言葉に僕はなんだか意味も無く腹が立った

その言葉は遥かな昔、同じ場所で今は亡き母が言っていた言葉だった

よもやまた同じ言葉をまた聞こうとは・・・・

僕は母が言った時とは比べ物にならないくらい腹の中に怒りの負の念が湧いた事に驚いた



なんで?あれ?母さんが言った時はここまで怒らなかったのに・・・



ナンデ?



僕はその場に立ち竦み、自身に沸いた疑問に首を傾げていた







あれから僕はさらにつららを観察するようになった

そして、僕の命令でつららには護衛に付く際には必ず僕のすぐ側にいるように命じた

最初つららはその命令に驚いていたが、渋々ながらも承諾してくれた

そしてつららは言いつけ通り僕のすぐ横を一緒に歩いていた

僕はこの久しぶりのこの環境に内心安堵していた

ずっとずっと昔当たり前のように繰り返していた日々

隣につららがいて友達がいて笑い合っていたあの日

何だか懐かしくなり思わず僕は笑っていた

「ふふ、今日は何だか嬉しそうですね」

そう言って同じように嬉しそうに笑ってくれるつららに僕は尚一層嬉しそうに笑い返した

「うん、つららが隣にいてくれるんだって思ったら何だか嬉しくなってね」

「え?」

そう僕が言うと、つららは見る間に頬を染めて真っ赤になった

「照れてる?」

からかって言う僕につららは「知りません」とつんとそっぽを向いてしまった



ああなんだか楽しい



こんなに笑ったのは何十年ぶりだろう



つらら、お前が側にいるだけでこんなに楽しくなるなんて、なんで気づかなかったんだろうな



「こういうのも何かいいな」

僕は胸の中が暖かくなっていく感覚に、このままこの時がずっと続けばいいと本気で思っていた







つららを側に置くようになってから、いよいよ業を煮やした鴉天狗が強行突破に出た

「リクオ様、いい加減腹をお決めになりませ!」

「だから、する気がないといっているだろう?」

しつこいなぁ〜と、嘆息する僕に鴉天狗は怒髪天と顔を真っ赤にして憤慨していた

「今日という今日はお決めになるまで梃子でもここを動きませんぞ!それに雪女」

「は、はい?」

「お前もじゃ」



「「は?」」



鴉天狗の言葉に僕とつららの声が見事にハモッた

「どういう事ですか?」

「どうもこうも、雪女もいい加減身を固めよ、子を成して一族を安心させよ」

その言葉に僕は奈落の底に突き落とされたように目の前が真っ暗になった

「ちょ、ちょっと待て、なんでつららまで見合いするんだよ!?」

僕の言葉に鴉天狗は山積みにしてあった風呂敷の中のものを取り出しながら「はあ?」と素っ頓狂な声を上げていた

「なにをおっしゃいます?雪女も年頃の娘、そろそろ結婚せんと売れ残ってしまいますぞ」

そんな事になったら、この鴉天狗一生の恥

と意味不明な事をわめき散らし始めた

「何が一生の不覚だ?別につららはいいだろ」

「なんと!雪女に一生独身でいろと?組を潰す気ですか?」

「はあ?別につららが結婚しなくたって組は潰れないだろう?」

何を言ってんだ?と大袈裟に言う鴉天狗に僕は大袈裟に溜息を吐いて見せた

そんな僕に鴉天狗はあろうことかさらに盛大な溜息で返してきた

「何を呑気なことを・・・・いいですかリクオ様、貴方は知らないでしょうが、雪女の縁談話はそりゃもう100年も前から引っ切り無しに来ているんですよ、しかもその縁談の相手は貸元はもちろんその名の通った由緒正しい家柄の者達ばかりなのです」

「え?」

そんな縁談を無碍にするわけにはいかないでしょう?という鴉天狗の言葉に僕は固まった


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