「雪女も知っている話ですが・・・おや本当に知らなかったのですか?」
鴉天狗は僕の反応に心底驚いた顔をしながら座敷の奥に控える雪女に視線を移した
その視線に僕もつられてつららに視線を送る
すると、びくりと面白い位に反応するつららの姿が目に写った
「つ、つらら・・・本当なの?」
恐る恐る聞く僕に、つららは俯いたままこくりと力なく頷いた
「黙っていて申し訳ありません、でもこれは私の問題ですから」
そう言いながら目の前で平伏すつららに僕は思わず怒鳴っていた
「私の問題って、じゃあ僕は知らなくても良かったって事?主なのに?お前は僕の下僕だろう?」
感情のままに怒鳴り散らす僕につららは更に小さくなって震えていた
そんな怒り心頭の僕に鴉天狗が横槍を入れてきた
「失礼ですがリクオ様、下僕とはいえこういうのは個人の自由ですぞ」
尤もな事をきっぱりと言われ僕は「うぐっ」と言葉に詰まってしまった
「で、でも!」
「青田坊や黒田坊は既に結婚してますぞ」
「うっ」
「毛倡妓は首無とでしたかな」
「・・・・・」
「周りの側近達が次々に身を固めているというのに何故雪女だけダメなのです?」
何故ですか?とずいっと身を乗り出して聞いてくる鴉天狗に、僕は大量の冷や汗を流しながらしどろもどろになってしまった
「いや、だから・・・・その」
「リクオ様」
「う・・・」
「ふう、反論が御座いませんか、では雪女の見合いは受けるという事で」
「ダメだ!」
僕の絶叫とも言える声に辺りはしーんと静まり返った
「何故ダメなのです?」
その静寂を打ち破るべく鴉天狗は静かな声で僕にまた聞き返してきた
「う・・・それは、そう雪女は側近頭で」
「青田坊も黒田坊も特攻隊長兼組頭ですぞ・・・みな多忙を極める中、これと決めた伴侶を得て今や幸せに暮らしております。おおそう言えば首無のところは早くも3人目の子供が生まれるそうですぞ」
羨ましい限りですなぁ、とこれ見よがしに僕の顔をちらりと見ながら鴉天狗は溜息なんぞを吐きやがった
「でもダメだ・・・・」
尚も引き下がらない僕に鴉天狗はやれやれと小さく嘆息していた
僕は何故かこの縁談に是と答えることができなかった
何故なのか僕にだって解らない
でもダメなんだ
黒田坊が結婚するとき
青田坊が結婚するとき
毛倡妓と首無が結婚するって僕に報告しに来てくれたとき
僕はあんなにも心の底から祝福することができたのに・・・・
つららが皆のように結婚してしまうかも知れないと分った途端、身も凍えるような悪寒が全身を駆け巡った
足元からちりちりと競り上がってくる様な
心の芯が震え上がりそうな
恐怖にも似た悪寒が全身を支配した
僕は一人になってしまう
身震いするような寒気に見舞われたとき、真っ先に浮かんだのはそんな感情だった
世界でたった独りぼっちになってしまったような
暗闇に一人取り残されてしまったような
いつか握り締めたあの真っ白い柔らかい手が二度と掴めなくなる
そう思った途端、心が震えていた
嫌だと心が叫んでいた
嫌だイヤダと幼子が駄々を捏ねるように
我ながら情けないと思ったけれど、でもそれは本心で
そしてここで承諾してはいけないと、頭のどこかで警笛のようなものが鳴り響いていた
だから一歩も譲れなかった
女々しいと
往生際が悪いと
どんな罵声を浴びせかけられても
これだけは承諾できなかった
鴉天狗は自身を睨み据える僕の視線を暫くの間じっと見つめていたが、小さく嘆息すると突然こう言ってきた
「では、リクオ様が雪女の相手を見つけなさいませ」
と・・・・
は?今なんて?僕が?この僕が?雪女の相手を・・・・・
その言葉を聞いた途端、僕は間抜けにもぽかんと口を開いたまま暫くの間その場から動けなくなってしまった
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