すーはーすーはーと何度か深呼吸する
こんな緊張は初めて告白された時以来だ
僕は柄にも無く酷く緊張していた
つい先程気づいてしまった自分の感情を確かめるべく僕は彼女の元へ行こうとしていた
だが何故かできない
思春期の少年よろしく、恥ずかしくて足が前に進まないのだ
自室の襖を目の前にして僕は棒立ちになったまま、赤くなった頬を冷まそうと何度も深呼吸していた
大丈夫、ダイジョウブ、僕はただ彼女に質問するだけ
それだけ
簡単なことだ
そう簡単な・・・・
つーかできねぇ
僕はその場に崩れ落ち頭を抱えて胸中で叫んだ
何を今更?
というか僕散々だったよね?
今頃気づいたって後の祭りじゃないか?
ていうか、つららは今までの僕を見ていてなんて思っていたんだろう
そう思った途端、僕の顔から血の気が失せた
体という体から冷たい汗が吹き出してくる
呆れられていたらどうしよう・・・・
有り得る考えに僕は部屋の中で悶々と悩んでいた
そして過去の自身の振舞に後悔の念が荒波のように押し寄せた僕の心は決心がつくまでに有に一ヶ月の月日を要した
その間、僕は殆ど家から出る事も無く都合の良い事につららと顔を合わせずに済んだ
相変わらず彼女の気配は近くにあるのだが、後悔の念が強かった僕はなかなか彼女に会に行く事ができなかった
このままじゃいけない
僕はそう直感していた
このままずるずると、いつまでも引き摺っていたらそれこそ痺れを切らせた鴉天狗がまた見合い話を持ち掛けてくることだろう
今は僕が睨みを効かせているから表だって行動していないが奴の事、水面下で何をしているか分ったものではない
僕は意を決して重い襖をそっと開いた
久しぶりに部屋から出た僕は、思ったよりも強い日差しに思わず手をかざして光を遮っていた
ふと、遠くの庭先で洗濯物を干す雪女の姿を見つけた
僕は暫くの間、久しぶりに見る彼女の姿に見惚れていた
華奢でほっそりとした肢体
さらさらと流れるような黒髪
白磁の肌
小さな額に薄っすらと汗を張り付けて労働に勤しむ姿は懐かしかった
遥か昔、僕はこうやっていつも雪女の働く姿を眺めていたっけ
懐かしい光景に思わず目を細める
気づかれないように彼女から近い縁側に移動してそこへ腰掛けると、静かに彼女の背中を見守った
昔のように
何も知らなかった幼子の時のように
飽きもせずただ真っ直ぐに
穏やかな気持ちで彼女を見守っていると、微かに歌声が聴こえてきた
「わっか〜わっか〜ふんふんふふん♪」
少し調子外れなその鼻歌は彼女から聴こえてきていた
くす
昔から変わらないその鼻歌に僕はこっそりと笑った
そうだ、彼女はいつも洗濯物を干すときはこうやって鼻歌を歌っていたっけ
懐かしい記憶に瞼を閉じる
『若、若様、そんな所登ったら危ないですよ〜』
『わか〜この悪戯坊主!!』
『若、おやつの用意ができましたよ〜』
『ふふ、若ったら』
若、わか・・・・
「どうしました三代目?」
至近距離で聞こえた過去と同じ声に思わずぱちりと瞼を開けた
「のわっ!」
視界一杯に広がる彼女の顔に思わず僕は仰け反りながら奇声を上げた
「だ、大丈夫ですか?」
見上げると心配そうな顔をしたつららの顔があった
「あ、ええっと・・・・」
僕は突然近くにいたつららに意識してしまい顔が熱くなってきた
「三代目、顔が真っ赤ですよ熱でもあるんじゃ・・・・」
そう言って慌てて僕の熱を確認しようとするつららの手を慌てて遮った
「三代目?」
「だ、大丈夫だから、そ、そのびっくりしただけ」
つららの腕を掴んだまま、わたわたと言い訳する僕につららはきょとんとした顔をしている
つららの顔がまともに見れない
自分の本心が解った今、至近距離のつららの顔は非常に心臓に悪い
直接見ることができなくて僕は視線を逸らして俯く
その仕草に勘違いしたのか、つららは少し悲しそうな声で呟いてきた
「す、すみません出過ぎた真似をしました・・・・」
そう言って僕の掌から腕を抜くとその腕を隠すようにもう片方の手で抱えた
その仕草がなんだか僕との間に壁を作られているようで
なんだか嫌で
無性に心細くなって
思わず離した腕をまた掴んでいた
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