「ねえ、及川さんを最近見かけないんだけど、リクオ君何か知ってる?」

いつもの様に清十字団の集まりに参加していた僕に、幼馴染のカナちゃんが心配そうな表情で聞いてきた

その質問に僕は内心冷や汗を流した

「う、うん…実は風邪引いたみたいで暫く休んでるんだ」

「ふ〜ん、そうなの」

僕の苦し紛れの説明にカナちゃんは納得したように相槌を打ってきた

なんとか誤魔化せた、と僕が内心安堵していると

「何、なに?及川風邪引いてるの?」

そこへ耳聡い巻さんが割って入ってきた

僕は内心ぎくりとする

「え〜大丈夫なの?もう一週間も来てないんじゃない?」

しかも巻さんと一緒にいた鳥居さんも加わってきた

「まじっすか?本当に大丈夫なのかよ、おい奴良!?」

何故かつららの事になると地獄耳になる島君までもが参加してきてしまった

僕は内心焦る

嫌な予感がして、恐る恐る背後に意識を飛ばした

「おや、なんだいマイファミリーが風邪だって?それは大変じゃないか!!早速お見舞いに行こうではないか諸君!!」

予想通り後ろで妖怪データを整理していた清次君までもが参加してきてしまった

しかも声高々に言って欲しくない提案までしてきた

僕はその言葉に軽い眩暈を覚える

「あ、いいっすねそれ!及川さんの自宅〜♪」

「え、まじ?見舞いに行きた〜い!」

「私も私も〜♪」

「わ、私も一応……ど、どこに住んでるのか気になるわけじゃないんだからね

皆思い思いの事を口走りながら、つららの家に見舞いに行くという提案を実行に移そうと席を立ち上がり始めた

そんな彼らを僕は慌てて止めに入る

「そ、そんな!いきなり押しかけたら悪いし、それに起き上がれない程酷いって聞いてるから行ったら迷惑になるよきっと!」

「そうなのかい?ではお見舞いはまた次回にしよう」

僕の必死の言葉に清次君や他の皆も納得してくれたみたいで直ぐに見舞いの話は無しになった

背後では「及川さんの自宅〜」と一人嘆いている島君がいたが

僕はとりあえず成功した誤魔化しにホッと安堵の息を吐いた



僕はとぼとぼと家路を急ぐ

先ほどの清十字団とのやりとりに多少なりとも疲れていた



”大丈夫でしたか?帰ったら何か甘いものでもお出ししましょう”



こんな時、いつもならすぐに彼女が僕のフォローに回ってくれるのだが

しかし、その彼女は側にはいなかった

僕の後ろを歩く側近をちらりと見ながら小さく溜め息を吐く

今日の護衛は青田坊一人だった

僕を気遣い数歩離れた場所を歩く青田坊は無言だった

いつも彼は無口な方なのだが、しかし最近の彼は更に拍車をかけて無口になっていた

彼もまた不在の側近の事が気になるらしい

時折僕の直ぐ横を見ては小さく溜息を吐いていたから

「なんか淋しいね」

僕がぽつりと呟くと、背後に居た青田坊が息を飲む気配が伝わってきた

「そうですね」

僕の言葉に青田坊もぽつりと返してくれた



今日もつららはぼんやりと庭を眺めていた

見慣れてしまったその光景に僕は一人唇を噛む

屋敷の妖怪達は今もつららの記憶喪失の原因究明に奔走してくれている



皆頑張っている……でも僕は……



日を追う毎に僕は焦っていった

だからだろうか



「まだ原因はわからないの?」



報告をしに来た黒羽丸に僕は少しだけ声を荒げて言ってしまった

「申し訳ありません、俺が不甲斐ないばかりに……」

しかしそんな僕に、黒羽丸は平身低頭し謝ってきてくれた



彼は悪くないのに

これは八つ当たりだ



何も出来ない自分が不甲斐なくて、あれほど探索しても原因を見つけられない皆にイライラして……

僕はそんな自分が嫌で、こんな姿を見られたくなくて

視線を逸らして「もう下がっていいよ」と素っ気無く黒羽丸に言ってしまった



ごめん黒羽丸

君が悪いわけじゃないのに



僕は内心で彼に謝る

卑怯な僕に、それでも黒羽丸は怒る事も愛想を尽かすことも無くまた任務に出てくれた

「次こそは」

と、黒羽丸は僕の期待に応えるべく宣言しながら

俯きながら悔しそうに唇を噛んだまま空へと飛び立っていった黒羽丸を、僕は胸中で何度も謝りながら見送っていた



つららが記憶を失ってから既に一ヶ月が経とうとしていた

既にこの頃になると学校でつららを知る生徒達が騒ぎ始めてきた

つららに密かに思いを寄せる男子生徒や、清十字団の仲間達から

「及川さんは一体どうしたのか?」と何度も詰め寄られてしまった

僕は仕方がなく、青に相談して一時的にだが皆に暗示を掛けてくれるように頼んだ



『及川つららは最初からいなかった』





青田坊の妖力のお陰で学校の生徒達はそれ以降僕につららの事を聞いてくることは無くなった

悲しい決断だった

でもそうしないと僕もつららも青も困ってしまっただろうから

僕は何度目になるか分からない、唇を噛み締めるという行為をまたしていた

本当にうんざりだ

つららが記憶を無くした事も

皆につららを忘れさせた事も

仲間に無理をさせている事も



「早く……」



僕はぽつりと夕日が沈みかけた空を見上げながら呟いていた


[戻る] [短編トップ] [次へ]