「お待たせいたしました」
カラリと開いた襖から現れたのは、それはそれは美しい姫だった
いや、正確には姫に扮したつららなのだが
真っ白い雪のような肌
ほんのりと色づく頬
恥らうように伏せられた睫
真っ赤な果実を思わせる瑞々しい輝きを放つ唇
煌びやかな着物に身を包んだ美しい女がそこに居た
リクオはつららのその姿を見るや、ぽかんと口を開いた間抜けな顔で固まってしまった
何も言わず見つめてくるリクオに、つららは恥らうような仕草で「あまり見ないで下さい」と袖で顔を隠しながら俯いた
そのなんとも初々しい姿に、部屋へと入ってきたつららの腕をリクオは衝動的に掴んでしまった
「り、リクオ様?」
「あ、いや・・・なんでもねえ」
きょとんと見上げる妖艶なつららの姿に、リクオは我に返ると気まずそうに手を離すとそっぽを向いてしまった
何やってんだ俺?
衝動的につららの腕を掴み、その後どうしようとしていたのかと、リクオは自分で自分に突っ込んでいた
そんなリクオの行動に嫌がられているのでは?と不安に思ったつららは、内心おどおどしながら持ってきた熱燗をリクオへと差し出した
「今日はその・・・この姿でお酌いたします」
「あ、ああ」
精一杯の笑顔を向けながら熱燗を差し出すつららをリクオは直視できず、僅かに視線を逸らしながら盆に乗っていた杯を手に取るとつららの目の前に差し出した
その動作につららはほっと息を吐くとゆっくりと燗を傾けていく
とくとくとく
杯に酒が満たされていく間、リクオはちらりとつららの姿を盗み見る
綺麗だ
月明かりに照らされて伏し目がちに酒を注ぐつららの横顔は美しかった
否
つららを彩るその全てが美しく煌びやかで、月の光の下一層その輝きは増すばかりである
普段の少し幼さの残る快活な雪女の姿はなりを潜め、今目の前で酌をするつららは妖艶な色香を放つ女だった
どこか儚さを含んだその姿にリクオは釘付けになる
それまで大人しく酌をしていたつららであったが、じっと己を見つめてくるリクオの姿につららは絶えられなくなり、袖で口元を隠すと上目遣いで聞いてきた
「そ、その・・・お気に召しませんでしたか?」
「なにがだ?」
可愛らしくおどおどした様子で聞いてくるつららの姿に、リクオは内心悶絶しながら聞き返した
「こ、こんな格好・・・いつもはしませんので変ですよね・・・・」
「いや、むしろ似合ってる」
自分の格好に自信が無いのか、つららはそんな事を言ってきた
その言葉に、リクオはとんでも無いと頭を振って否定してやる
「ほ、本当ですか?」
「ああ」
すると、嬉しそうにはにかむつららにリクオもつられて微笑みながら頷いた
「良かった、本当は自信なかったんですこの姿」
「そうか?凄く似合ってるけどな」
「ありがとうございます、でもこんな格好着慣れなくて、しかも姫のように振舞うなんてしたこと無いですから」
そう言いながら照れ臭そうに笑うつららを見て、リクオにふと疑問が湧いた
「なあ、なんで今夜はこんな格好しようと思ったんだ?」
「え?・・・・あ、あの・・・・」
リクオの質問に、つららは驚いたように一瞬目を瞠ったが、次の瞬間ごにょごにょと言い辛そうに下を向いてしまった
「どうしたんだ?」
「・・・・・そ、その・・・・今夜は特別な日だって」
「特別な日?」
「ええ、大晦日ですから・・・そのあと数分もすれば新年になりますし」
「ああ、そうだな。で、その事とこれが何か関係あるのか?」
これ、と目の前のつららを指差しながら、リクオは意味が解らないと首を傾げて聞いてきた
その指摘につららはまたしても目を丸くさせてリクオを見たのだが、暫くすると躊躇しながらもゆっくりとリクオに聞いてきた
「あ、あの・・・リクオ様知らないんですか?」
「何をだ?」
「そ、その・・・新年に女性が殿方にその・・・姫の姿でご奉仕することを、です」
「は?何だそれ」
「え、えと・・・”姫始め”と言うそうですが」
「は?」
今なんつった?
つららの口から出たその言葉に、リクオはピシリと固まってしまった
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