奴良家に今年最も寒い寒気が訪れた


ヒュオォォォォォォ


家の中で吹雪が舞う
突然襲ってきた冷気に家の小妖怪達が驚いた
「な、な、な、な、なんだ〜?」
「さぶっ!寒いよ〜」
家の中なのに何故?と凍える手足を擦り合わせながらガチガチと震える声で叫ぶ
そこへ、ゆらりと冷たい影が動いた
「邪魔するぞ」
声のした方を小妖怪たちが恐る恐る見上げると
そこには美しい女が立っていた


滝のように流れる浅葱色の長い髪
雪原のような真っ白い肌
闇夜に輝く月を模した様な黄金色の螺旋の瞳


幾重にも重ねた真っ白い装束に身を包む姿はまるで、平安時代のどこぞの姫君のようであった
「ここに来るのも300年ぶりじゃのう」
女はにやりと笑うと音も無く敷居をまたぎ家の中へと入っていってしまった
「い、今の方は・・・」
迎えに出てきた毛倡妓や首無が驚いた顔で玄関先で佇むリクオ達を見た
「え、え〜っと・・・」
リクオとつららはバツが悪そうにお互い顔を見合わせ言葉に詰まってしまった
「ぎゃあ〜!」
すると、廊下の方から悲鳴が聞こえてきた
悲鳴を聞いたリクオ達が慌てて駆けつける
「な、何が・・・」
あったの?
そう叫ぶリクオ達の目の前に氷の塊と化した妖怪たちが廊下に並んでいた
一同唖然とする
「おお、リクオか?こやつら妾を敵と思って襲ってきたのじゃ」
ほんにけしからん!そう文句を言いながらユキは今しがた凍らせたばかりの妖怪を指で小突いた
「お、お、お、お婆様〜早く元に戻してください!!」
半泣き状態のつららが懇願する
「放っておけば溶けるぞ?」
無数に散らばる氷付けの妖怪達を指差してつららの祖母は面倒そうに言った
「お湯!お湯を!首無、毛倡妓手伝って!」
「私も行きます」
リクオに言われ首無、毛倡妓、つらら達は連れ立ってばたばたと風呂場へと向かった
そんなリクオ達を見ていたユキは
「忙しい奴らじゃのう」
と暢気に呟く
そして、ふと廊下の先に視線を向けると――
「ふむ丁度良い、皆揃っているようじゃの」
くすりと笑うと廊下の先へと消えていった
その先の部屋では――
奴良組恒例の定例会議が行われようとしていた





「リクオ様はまだか?」
「3代目がおらねば会議ができんではないか!」
古参の妖怪達は口々に文句を並べ立てている
そんな側近達に既に隠居の身となっているぬらりひょんは苦笑をするばかりで助け舟を出そうとはしなかった
もうこの組はリクオのもの
己の組員に気を遣う総大将など聞いたことが無い、待たせておけばよいのだと
そう存外に態度で示していた
やんややんやと、ぶちぶちと文句を垂れる妖怪たちの目の前で突如としてそれは起こった
「うおっ」
「なんだ!?」
目の前――部屋の中央で突然巻き起こるつむじ風
それは次第に大きくなり終いには部屋中を巻き込む竜巻へと変化した


ビュオォォォォォォォォ


冷気を纏ったその竜巻は冷たい氷の礫を巻き込みながら忽然と消え失せた
竜巻の消えた部屋の中央には――
不適な笑みを称えた美姫が佇んでいた
「久しいの」
女は嵐の後のような部屋の中でのんびりとそんな事を言う
用意されたお膳はひっくり返り、襖や畳は所々氷が張り付き、中にいた妖怪達は何人か飛ばされたのか部屋の隅で倒れていた
「ひっ」
「お、お前は!」
突然現れた女を見るや、古参の妖怪達は急に怯えだしてしまった
「なんだ?」
鴆や猩影などまだ若い妖怪達は何事かと首を傾げていた
「ほう、若い者も入ったようじゃな」
女は鴆や猩影を見ながら面白そうに呟く
「久しぶりじゃな・・・・雪」
少し離れた場所から懐かしむような声が聞こえてきた
その声に女はぴくりと反応する
ゆっくりと声のした方に振り向き相手をその視界に捉えると女は黄金色の瞳で相手を見据えた
「ぬらりひょんか」
ぬらりひょんもまた女をじっと見上げる
しんと辺りに静寂が落ちた
皆が皆、固唾を飲んで二人の動向を見守っていた
「貴様・・・」
その静寂を破ったのは女の方だった
震える唇でひとこと呟く
次の瞬間――


「妾の名を誰が呼んで良いと言ったぁぁぁぁぁぁっ!!」


ヒュゴオォォォォォォォォォォッ


女の怒声と共に今度は猛吹雪が起こる
般若の如く怒り狂った女は部屋の妖怪という妖怪達をことごとく氷漬けにしていった
「ぬおっ!相変わらず過激じゃわい・・・」
ぬらりひょんは女の起こす吹雪を器用に避けながら部屋を逃げ出していた
安全な廊下まで非難するとやれやれと溜息を吐きながら苦笑する
気づかれないように畏れを発動させて部屋へと続く廊下を歩く姿はさすがと言うか何というか・・・・
したたかさは昔も今も変わってはおらず、いや年を経てさらに磨きがかかったといえよう
何事も無かった様に飄々と廊下を進むぬらりひょんの耳に、バタバタと廊下をかけてくる足音が聞こえてきた


まったく、ようやく来おったわ・・・・


いささか遅すぎる登場にぬらりひょんは肩を竦めた
角を曲がって慌てながら現れたのは案の定リクオ達で、ぬらりひょんを見るや血相を変えて近づいてきた
「おじいちゃん、こっちにその・・・雪女が来なかった?」
青褪めた顔で詰め寄る孫に「そういえば・・・・」とのんびりとした口調で答えてやる
「あっちにおったぞ」
あっちと指差す場所は、今日定例会議が行われる予定だった部屋で・・・・
リクオ達は「ひいっ」と悲鳴を上げるとあわあわと駆けて行ってしまった
廊下に一人ぽつんと残されたぬらりひょんはというと


「まったく騒がしい事じゃわい」


と言いながら首を左右に振ると、月明かりに照らされた廊下をぬらりくらりと歩いて行った





結局、定例会議どころではなくなってしまった奴良家では、被害を免れた妖怪たちが凍らされた仲間達を救助するべく右往左往していた
この騒ぎの中リクオはというと、木魚達磨や他の側近達に詰め寄られている最中だった
「これはどういう事ですリクオ様?」
「え、え〜と・・・」
リクオ自身、今日突然やってきたつららの祖母の事をどう説明していいかはっきり言ってわからなかった
つららの祖母――転校生のユキ――とは先程顔を合わせたばかりだ
清十字団の集まりにいきなり参加していたかと思うと、「しばらくの間奴良家に世話になる」と言って勝手に来てしまったのだ
そしてあれよあれよと言う間にこんな騒ぎになってしまったのだ
しかも今回の騒ぎの張本人でもあるユキはというと、手頃な側近を2〜3人捕まえて勝手に部屋の準備をするように言いつけると、隣の部屋でくつろいでいた
傍若無人を地でいくユキに、リクオも怒りを通り越してただ只呆れるばかりである
「と、とにかくこれ以上被害が大きくならないように『あの人』はあまり刺激しないようにして、ね」
と部屋の中で水煙草――どこから出してきたのか――を咥えるユキをの事を詰め寄る側近達に注意しておくのが精一杯であった
「ですが・・・」
しかし納得がいかないと、側近達は尚も詰め寄ってくる
ほとほと困り果てたリクオは「と、とにかく刺激しちゃダメだからね!」と、一言言うと逃げるようにその場を後にした
自慢の俊足で何とか逃げてきたリクオは離れの廊下まで来ると「ふう」と溜息を吐いて足を止めた


静かだ


さっきまでの騒ぎが嘘のように、ここは静かだった
問題は山積みだったが暫しの心地よい静寂にリクオはほっと息を吐く
今日一日で色んな事が起こった
その全てはあのユキが原因なのだが・・・・
そもそもユキは何故ここへ来たのだろう?
以前孫であるつららを理由に自分を雪山まで呼び寄せ、今度は何を企んでいるのか・・・・
悪戯好きであるぬらりひょんの孫も、あの自由で気ままな美しい雪女の真意を測りかねていた
「本当に何しに来たんだろう?」
リクオは縁側に腰を下ろしながら一人呟いていると、背後から恐る恐るといった気配が伝わってきた
その気配に振り返ると、申し訳なさそうな表情をしたつららが立っていた
「申し訳ありません」
つららはリクオが振り返るや頭を下げて謝ってきた
「え、どうしたのつらら?」
リクオはそんなつららに驚いた風に首を傾げた
「はい、今回の騒ぎはわたくしの祖母が致した事です、責任はわたしにありますので」
そう言ってうつむくつららにリクオは慌てて抗議をした
「や、そんな悪いのはつららじゃないよ!連れて来た僕にも責任があるし」
リクオがそう言ってもつららは「でも・・・」と体を小さくして俯くばかり


これは木魚達磨辺りに何か言われたな?


そう悟ったリクオは勤めて優しくつららに語りかけた
「今回の事はつららのせいじゃないよ、まあ、あの人が来たくて来たみたいだし。何かあったら僕も相手するから、そんな顔しないで」
優しく諭しながら俯いたつららの頬にそっと手を添える
「若・・・」と潤んだ瞳で見上げられリクオは「うっ」と違う意味でたじろいでしまった


ん〜こういうつららも可愛いな


不謹慎にもそんな事を心の中で呟き自然と頬が緩んでしまう
突然にへら、と笑い始めたリクオにつららは訝しげな視線を寄越しながら「若?」と首を傾げた
「ん、ああ大丈夫、あの人も何日かしたら飽きて帰るだろうし、それまでの辛抱だよ。」
ね?と笑顔で聞いてくるリクオにつららはそれ以上何も言えなくなってしまった
しかも、リクオに「その間は一緒にフォローしようね」などと言われてしまえば、不安よりも嬉しさの方が勝ってしまい、つららはやっと笑顔に戻ると元気良く頷いた
お互い相手を見つめながら笑い合い、仲良く並んで縁側で小休止をしたあと、二人は今だ凍った仲間を溶かすのに騒いでいるであろう騒ぎの中へと戻っていった


一方その頃、今回の元凶でもある人物はというと――
二人の仲睦まじい姿をこっそり覗きながらほくそ笑んでいたという


[戻る]  [長編トップ] [次へ]