「この恋文を寄越したのはアンタかい?」
リクオは懐の文を岩の上に悠然と佇む女に見せると皮肉気に口元を歪ませながら言った
「ほほほ面白い奴じゃ いかにも其れは妾がお前に宛てた文じゃ」
女は口元を袖で隠して艶やかに笑いながらリクオを見下ろした
その視線はどこか値踏みするようにじっくりとリクオを観察しているようだ
「熱烈な恋文ありがたいが俺を誘うにはちとやり過ぎだな、アンタが連れて行った雪女は俺の側近だ返してもらうぜ」
「嫌じゃと言ったら?」
リクオの言葉に女は挑発的な視線を送る
それまで飄々としていたリクオの片眉がぴくりと跳ねた
「だったら・・・」
力ずくで取り返すまでだ、リクオはそう叫ぶと祢々切丸をすらりと抜き近場の岩を蹴って高く跳躍した


ィィィイン


空気を切り裂く鋭い音が辺りに響き渡る
女が居た岩の上ではリクオと女が対峙していた
二人の周囲だけ時が止まったかのように空気が凍り付く
「「リクオ様!」」
その様子を固唾を呑んで見守っていた百鬼達だったが、主の危険を感じ我先にとリクオの元へ走り出した
「させぬわ!」
援護に向かう百鬼めがけて女が力を振るう
「「なっ!?」」
その瞬間、妖怪達の体がパキパキと凍り付き動けなくなってしまった
「てめぇ・・・」
その様子を見ていたリクオは歯軋りし、女を睨みつける
「邪魔が入っては興冷めじゃからのう」
リクオの視線を涼しげに受け流し、女はころころと鈴の音を転がすような声で笑った
「さて此処からが本番じゃ そなたの力見せてもらうぞ」
女はにこりと微笑むと手の中に薙刀を出現させた
「それは・・・」
「妾はこれが得意でな、暫くの間遊んでたもれ」
手にした氷の薙刀に口付けすると、うっとりとした表情でリクオに告げる
リクオが臨戦態勢に入った瞬間、リクオの足元から無数の氷柱が飛び出してきた
「てめぇ、そっちじゃないのかよ」
「ほほほ青いのう、相手の隙を突くのも戦術の内じゃぞ」
突然の不意打ちにリクオは怒鳴りつける
そんなリクオの怒りを面白げに見上げながら女は更に力を振るった


どん どん どん どん


鋭い巨大な氷柱が間髪入れずにリクオに襲い掛かっていく
リクオはそれらをひらりひらりと交わしていき少しずつ間合いを詰めていった
「ほう、やるのう・・・じゃがこれはどうじゃ?」
リクオの間合いが女に届く寸前、女は力を振るった
「風声鶴麗」
「なに?」


パキパキパキ


振り下ろした祢々切丸の刀身が凍りつく
祢々切丸の刃先を紙一重で避けた女はひらりと舞い上がると隣の岩場に降り立った
「これが来るとは思っていなかったであろう?」
顎のラインで切りそろえた横髪をさらりと掻き上げながら女は艶やかに微笑んだ
「お前・・・雪女か?」
「さて」
リクオの問いかけに女は首を傾げて見せるだけだ
「ふふふ、そなた本気を出してはおらぬな、これならどうじゃ?」
女の言葉と同時に傍にあった氷の壁に人影が浮き上がる
「!」
氷の壁に浮き上がった人物を見定めた途端、リクオの顔色が変わった
そこには――巨大な壁の中、捜し求めていた人物がいた
「つらら」
リクオは駆け寄り手を伸ばそうとする
が、岩に飛び移る前に行く手を阻まれてしまった
「声は聞こえぬぞ、助けたくば妾を倒すがよい」
リクオと自身の間に氷の壁を作りながら女は笑う


この女


どこまでも隙を見せない目の前の妖を睨みつけながらリクオはギリッと歯軋りした


本気でいくしかねえみたいだな


リクオは腹を決めるとすっと立ち上がり祢々切丸を構えた
「ようやっと本気になったか」
女は心底楽しそうに微笑むと女もまた得物を構え直した
「期待しておるぞ」
「ほざけ!」
互いの言葉を合図に同時に高く跳躍する


キン キイン ギイィィン


刃と刃がぶつかり合い弾き合う音が当たりに響き続ける
先に先陣を切ったのは女の方だった
一瞬の隙をついてリクオの空いたわき腹を狙い薙刀を一閃した
その体は研ぎ澄まされた薙刀の刃によって真っ二つに――なるはずだった
「なに!」
リクオの体は煙のように揺らめいたかと思うと薙刀はすうっとリクオの体を通り抜けた
女はバランスを崩しよろけた
その隙を見逃すこと無くリクオは女に斬りつけた





女の絶叫が木霊する
美しい女の体は真っ二つに両断され氷となって崩れ落ちていった
女が崩れると同時につららを覆っていた氷の壁も砕け散る
砕け散った氷の破片で舞い上がった雪煙が納まった頃、その場に立ち尽くすつららの姿が見えてきた
リクオはつららの元へ駆け寄りそっと肩を抱き寄せる
「大丈夫だったか?」
「リクオ・・・様」
リクオの腕の中でゆるりと顔を上げたつららは抑揚の無い声で主の名を呼ぶ
その瞳はどこか虚ろで焦点が合っておらずリクオはえも言えぬ不安を感じ、つららの顔を覗き込むと彼女の名を呼んだ
「つらら?」
しかしリクオの呼びかけに、つららはぴくりとも反応しなかった
唇を小刻みに震わせ、つぶらな大きな瞳を見開いたまま女が崩れた場所を凝視していた
次の瞬間つららの悲痛な叫び声が広間に響き渡った
「お婆様!」


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