時が止まっていた
その場を支配する空気そのものがまるで全ての音を響かせるのを拒むかのような無音の世界
ただ一人の声を除いては


「お婆様・・・」


静まり返った場の空気を震わせるのは悲痛に顔を歪めて泣き崩れるつららの声だけだった
他は何も聴こえてこない
隣に呆然と佇むリクオをはじめ、近くに控える百鬼達もまた時が止まったようにその場に縫い留められていた


なんだ・・・今なんと言った?


つららの言葉に内心首を傾げた
リクオは頭の回転が何故か緩やかになり上手く考えがまとまらなくなっていた
それはある結論に辿り着くのを拒むかのように霞がかかり酷く曖昧な感覚に襲われていた
ふとリクオの足元で声を震わせ蹲るつららに視線を移動させる
彼女は泣いていた
お婆様、お婆様と悲しみに暮れる嗚咽はリクオの鼓膜を伝い緩慢な脳に刺激を与える
暫くしてリクオは気付きたくない結論に到達してしまった


そんな・・・


「つらら」
それはあまりにも残酷で
「俺は・・・」
それはあまりにも滑稽で
「・・・く」
目の前が真っ暗になった
愛しい者の愛する家族を奪ってしまった
知らなかったでは済まされない、その事実に辿り着きリクオは奥歯を噛み締めた
胃がムカムカする
頭が割れそうに痛い
家族を失う悲しみを一番良く知っているリクオは急激に体の熱が引いていく感覚に襲われてぶるりと身震いした
リクオの足元では尚も泣き続けるつららがいる
この場から逃げたいと思った
出入りで初めて味わう感覚だった
四国の時も羽衣狐の時もそんな事は思わなかった
ただ目の前の敵を倒す事だけを考えていた
降りかかる火の粉を払うように
今回もそのつもりだった
敵を倒しつららを救出して終わる
そんな予定だったのに


この今の状況は何だ?


足元には泣き崩れる側近と
少し離れた場所には、今しがた倒した敵の残骸があった
俺はこいつの家族を・・・


つららがお婆様と呼ぶ女を殺した

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