それ以上見ていられなくてリクオはつららから視線を逸らした
と同時にふらりとつららが立ち上がった
そのままふらふらと祖母の亡骸の下に辿り着くと、そのまま崩れるように残骸を掻き抱く
「お婆様、お婆様ぁぁぁ!!」
「どうしたのじゃ?」
嗚咽と共に祖母を呼ぶつららに優しい声がかけられた
「お婆様が、お婆様が・・・・て、え?」
悲しげに訴えていたつららは次の瞬間素っ頓狂な声を上げた
「お・・・婆様・・・」
「ん、どうした?妾はここにいるぞ」
時が止まった
だがしかし、今度は悲しみでも苦しみのせいでもない
ただただ、その場に居る誰もが固まっていたのだ
そしてそんな空気を壊すように先程リクオが倒したはずの女が、つららの目の前で微笑んでいた
にこにこにこにこ
それはもう悪戯が成功した子供のように
ひゅうっとリクオ達の間を虚しく風が通り過ぎていく
その次の瞬間、広間に絶叫が木霊した
「「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」」
その場に居る誰もが驚きを通り越してたまげた
「お、おおおおおおお婆様、な、なんで!?」
泣き腫らして真っ赤になった瞳を大きく見開いたつららは驚きの声を上げた
「ふふ、あの程度の攻撃避けられぬ訳無かろう」
口元を袖で隠しながら祖母はくすくすと笑うと
「妾を誰じゃと思うておる?」
挑戦的な瞳で言い放った
「おい」
そのすぐ後で低く引き攣った声が女を呼んだ
声のした方を見るとジト目で女を見据えるリクオが居た
「おや居たのか?」
「居たのかじゃねえ!どういうつもりだ!?」
怒気を孕んだ声でリクオが言う
「何、余興じゃ余興、妾の可愛いつららが近頃ちっとも帰って来なくなってしまってな、こちらから呼んだついでにそなたも招待してあげたのじゃ」
ありがたく思え、そう言って女はにっこりと微笑んだ
「ありがたくじゃねぇ!」
胸倉を掴み掛かりそうな勢いで女に詰め寄りながらリクオは叫ぶ
俺の後悔を返せ!と内心で舌打ちしながらリクオは目の前の女を睨んだ
「そう怒るな、妾とて悪いとは思っておるのじゃぞ?」
どこから出したのか扇で口元を隠しながら、女は申し訳なさそうにリクオに言うが、その目は笑っている
「てめぇ」
リクオは眉間に青筋を立てながら口角を引き攣らせた
一触即発
今にも再戦し始めそうな二人の緊迫した空気を壊したのは他でもないつららだった
「お、お婆様、でもさっきリクオ様に斬られたのでは?」
大丈夫なのですか?と祖母の体をぐるぐると見回しながらつららは心配そうに聞いてきた
「おおあれか?あれは氷でできた妾の木偶じゃ。よう出来ておるじゃろう?今度つららにも教えてやるからのう」
可愛い孫が自分を心配する姿に気を良くした女は、リクオの事など無かったかのようにつららと楽しそうに言葉を交わし始めてしまった
「おおい!」
まだ話は終わってねえよ!と言いながらつららの肩を掴み女から引き離した
なんと幼稚な
女はリクオの行動に眉間に皺を寄せた
「こっちの方は奥手じゃな」
ちらりと二人を見ながら女は呟く
「あん?」
何か言ったか?と片眉を上げてリクオは聞き返してきた
「こちらのことじゃ気にするな」
女はふうと息を吐くと面倒そうに言い
「まあよい、せめてもの侘びじゃ。奥に酒を用意してある楽しんでいくがよい」
女のその言葉に後ろで控えていた百鬼達がどよめいた
「安心せい、正真正銘のもて成しじゃ」
女はそう言って笑うのと同時に奥にある巨大な扉が開いた
そこには――
数人の美女達が並んで立っていた
女達はわらわらと百鬼の元へ駆け寄るとその腕を取って奥の座敷へと誘う
「ささこちらへ、美味しい地酒をご用意いたしました、三代目様もどうぞ」
リクオの前に妙齢の美しい女が近づいてきて一礼すると奥へと誘う
リクオは困ったようにつららに視線を寄越した
「お姉さま方お久しぶりです」
一方つららは嬉しそうに手を合わせてリクオの傍に居る女に声をかけていた
妙齢の女はにっこりと笑うと
「つらら様もどうぞ」
と手招きする
「リクオ様行きましょう♪」
「お、おい!」
リクオの不安を他所に、つららは大はしゃぎでリクオの手を引く
リクオは渋々ながらも、つららのされるがままに扉の奥へと消えていった
その後姿を眺めていたつららの祖母は
「ふむ・・・ぎりぎり及第点じゃな」
と誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いていた
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