しんしんと降り積もる雪深い霊峰雪山の地の底
誰も近寄る事のできないその神聖な場所は、今やどんちゃん騒ぎの宴会会場と化していた
美味い地酒に綺麗所とくれば妖怪達も気が緩み、いつもよりも酒の進みが早くなるというもの
既にそこは修羅場と化し、飲み終えた酒瓶や空になった皿などが辺りに散らばり、得意の踊りを披露する者や力自慢に相撲を取る者、酒に酔いつぶれて寝てしまう者達で溢れかえっていた
そんな喧騒から離れた場所で、夜空に浮かぶ月を肴に酒を呷るリクオの姿があった
「綺麗だな」
闇夜に浮かぶ月の光に目を細めながらリクオが呟く
屋敷で見る月とは違い都心からほど遠いこの場所は、空気が澄んでいるせいかその輝きも格別だ
しかも街の明かりでいつもは見えない星もこの場所では空を覆い尽くさんばかりに溢れかえっている
まるで絵に描いたようなその美しさに、ここが地の底だという事を忘れてしまいそうになる
本来なら土壁しか見えない天上を、妖力で空間を歪めて空を映し出しているのだという
この山自体が実はあの女の作り出した結界らしく、そんな芸当を軽々とやってのけるつららの祖母に、リクオは始めその話を聞いて愕然とした


勝てるわけがねぇ


リクオは素直に負けを認め苦笑した
つららの祖母は、この霊山に住まう大妖怪雪女一族の長である
しかも、この地帯一帯を束ねる里長でもあるというのだからその力は桁外れであろう
奴良組の傘下ならば幹部クラスになっていただろうなと、その存在を惜しく思った
その為か、つい本音が出てしまった
「惜しいな」
「何がですか?」
隣で酌をしていたつららがリクオの言葉に小首を傾げながら聞き返してきた
「いや、お前の婆さんが組にいりゃあなと思ってよ」
百人力だろ?とにやりと笑いながら片目を瞑ってみせる
つららはそんなリクオを目を丸くしながら見ていたと思ったら、今度は袖で口元を隠しながらくすくすと笑い出した
「何だよ?」
突然笑い出したつららにリクオはむっとして口を尖らせた
「だって・・・」
尚もくすくすと笑い続けるつらら
「おい」
笑いすぎだぞ、とジト目でつららを見据えれば
つららは「すみません」と目尻に浮かんだ涙を拭いながら謝罪した
「知らなかったんですか、お婆様、いえ雪女一族は一応奴良組の傘下なのですよ」
今度はリクオが目を丸くする番だった
「は?え、で、でも雪女なんて他に見たことないぜ?」
あの婆さんなら幹部クラスだろ?と、リクオは目を丸くしたままつららに言った
「ええその昔、ぬらりひょん様がきちんと組織を形成しようとした際、お婆様の所にも幹部のお誘いはあったのですが、それがお婆様ったら「そんなものに興味は無い」とおしゃって、すげなくされたとかで」
つららは困ったように眉根を下げながらリクオに説明した
「あー」
リクオはどこか納得いったような声を出した


あの婆さんなら言い兼ねねぇな


脳裏に浮かぶのは、あのふてぶてしいまでの妖艶な笑み
どこか人をくったようなその態度を思い出し、リクオは苦笑した
「で、でも私が本家には居ますから大丈夫ですよ」
リクオの声を不機嫌と取ったのか、つららは慌てて弁解した
「ああ、頼りにしてるぜ」
そんなつららの言葉に、胸の内が温かくなる感覚を覚え、にやける口元を隠すように不適に笑って見せた
「あ、お酒が切れてしまいました、取り替えてきますね」
そう言って立ち上がると、つららは急いで走っていってしまった
リクオの周りに暫しの静寂が訪れる
杯に残っていた酒を喉の奥に流し込んでいると、ふいに声がかけられた
「少し良いか?」
見ると月を背にしリクオの前に佇むつららの祖母の姿があった


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