「ああ、あんたか・・・いいぜ」
言ってリクオは目配せすると隣に座るよう促した
つららの祖母はふわりと移動しリクオの隣に腰掛ける
「ふむ」
女はまた値踏みするかのようにじろじろとリクオを見つめると
「まだまだじゃな」
ふうと息を吐きながら首を振り何やら残念そうにしていた
「何なんだよ」
「そなた、もう少し精進せい」
「ああ?意味わかんねぇぞ?」
女の失礼な物言いにリクオは眉間に皺を寄せながら詰め寄った
「・・・・・・」
「な、何だよ?」
至近距離にあるリクオの顔を無言のまま、まじまじと見つめる女にリクオは背筋が薄ら寒くなるのを感じ少しだけ仰け反った
「曾孫の顔はいつ見れるのかのう・・・」
引き攣るリクオの耳に溜息に混じってとんでもない言葉が聞こえてきた
何故今そんな事を言うのか意味が判らず一瞬固まってしまう
そんなリクオを半目で見据えていた女は、またふぅと息を吐くと「やれやれ」と首を振った
そんな女の態度にリクオはますます判らないといった風に眉間に皺を寄せ、むすりとした顔つきになった
そうして暫くの間話すことも無くなり、お互い空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていたのだが、ふいに女が口を開いた
「つららはああ言っておったが、妾は奴良組の傘下ではないぞえ」
突然話を振ってきた女の言葉にリクオは素っ頓狂な声を上げた
「は?」
「ふん、ぬらりひょんと妾は協定を結んだまでの事、何故あの若造の下につかねばならん?」
「あ、いや、その・・・」
ずいっとその美しい顔を近づけて言う女にリクオはしどろもどろになる


つ〜か、じじいを若造呼ばわりかよ・・・


今でこそ隠居して表舞台に立たなくなったとはいえ、その影響力は絶大で
今だに祖父を慕って本家に来るものが後を絶たないというのに、この女はそのぬらりひょんを『若造』と呼ぶのだ
その豪快さと誇りの高さにリクオは目を見瞠った
「まあお婆様、そんな事を・・・でもぬらりひょん様と杯を交わしたのは事実でしょう?」
いつの間にか戻って来ていたつららが祖母に異を唱えた
「な、つららまでも・・・・ふん、あの男、ふらりと我が屋敷に入って来たと思ったら酒を飲もうなどと言いおって、妾に、妾に七分三分の杯を飲ませたのじゃあやつは!キー今思い出しても腹が立つ!!」
つららの祖母は突然立ち上がると、わなわなと両手を震わせここには居ない相手を罵しりだした


それって・・・


リクオは尚もぶちぶちと文句を言い続けるつららの祖母を、横目で見ながら頬を引き攣らせる


俺は知らんぞ


妖怪の世界でいう杯はある意味相手との関係を明白にするにはうってつけの代物だ
しかし妖は気まぐれなもの、自分がついていた主に力が無くなればいつの間にか離れていってしまうのが常だ
しかしこの女は騙されていたとはいえ、一時期衰退した奴良組を見捨てることなく見守ってきてくれていたのには違いない
まあ、お互いの主張には色々相違点があるようだが・・・


さすがはぬらりひょんと言うべきか?


リクオは怒りで顔を真っ赤にさせて過去の出来事を口走るつららの祖母にちょっとだけ同情した
「でも、あの後怒り狂ったお婆様がぬらりひょん様の所へ出向いたんですよね?」
「そうじゃ!妾を田舎者と思いおって!しかも・・・しかも「一度交わした杯は返上できぬ」などとと言いおったのじゃ!!」
「で、でもあの後兄弟杯をしてなんとか治まったのですよね?」
つららは鬼女の如く怒り狂う祖母を宥めるように付け足した
「仕方なかろう、兄弟杯でなければ無効にはならんと言うのじゃからな、それに・・・」
つららの祖母は苦虫を噛み潰したような顔のまま言葉を続けた
「雪羅がついて行ってしまったからのう」
女はやれやれとばかりに溜息を吐いた
「まったく、あの子は昔から綺麗な顔の男が好きじゃったからな、妾の言葉にも耳を貸さずほいほい着いて行きよったわ」
仕方の無い子じゃ、と眉根を下げて嘆息する姿は母親のそれである
「でも、お婆様がこの北の大地を守ってくれたお陰で奴良組は数百年、他からの侵攻も無く平穏無事でいられたのですよね?」
お母様とお婆様が守ってくれたお陰です、とつららは嬉しそうに笑ってみせた
「ふふ、そうじゃ妾がここにおるかぎり、他の妖怪達にこの地を好き勝手にさせるわけが無かろう?」
つららの祖母は当たり前じゃ、と自信たっぷりに胸を張るとつららと二人笑い合った
ひとしきり笑いあった後、ふとつららが思い出したように祖母に尋ねた
「それにしてもお婆様、今回は何だってこのような事をされたのですか?」
このような事?と祖母が首を傾げていると、つららの補足をするようにリクオもまた女に聞いてきた
「ああそうだ、招待にしても度が過ぎるぜ、自分の孫を囮に使うなんてよ」
その言葉はどこか棘のある言い方で、見るとリクオの眉間にも皺が寄っていた
「ああ、その事か、そなたを呼び出すにはあれが一番効果的だと思ったからじゃ」
しれっと女はリクオに向かって答えた


「「は?」」


二人の声が見事にハモる
「なんだそれは?」
声が出たのはリクオが先だった
「い、意味がわかりません!」
続いてつららが頭にはてなマークを浮かべながら首を傾げた
そんな二人の様子を見て女はくすくすと笑い始めた


この二人ときたら


どこまで鈍いのか?
呆れと憐れみの混じったなんとも言えない表情で二人の顔を交互に見遣った


妾の勘違いか?


いや、違うな・・・そうでなければこの男の先の行動に説明がつかぬ
女は内心で呟きながらリクオの顔を見つめた
先の行動――つららを囮にした時のリクオの切羽詰った表情を思い出す
あれは確かに側近だけに向ける想いではなかった
相手を想い心を焦がすほどの激情をリクオから感じ取ったのは確かだ


ならば、つららか・・・


愛しい孫の顔を見れば、全くもって意味が分からないといった表情で祖母の顔を見ていた
途端がくーと肩を落とす祖母


やはり・・・な


進展の無さの原因が己の愛孫にあると分かり、女は深く落ち込んだ
そして、憐れみとも慰めとも取れる視線をリクオに向けた
「なんだよ・・・・ていうか何で俺は呼ばれたんだ?」
リクオは不躾なその視線に眉間に皺を寄せながら、今回の最大の疑問を女にぶつけた
つららも同じ事が気になっていたのか、無言で祖母の顔を見つめる
そんな二人に女は
「おお、そなたが三代目を襲名したと聞いて挨拶をしようと思うてな」
だから此処まで呼んだのじゃ、女はにっこりと微笑みながらそうのたまった


逆だろそれ!!


リクオは顔を白くさせながら内心で突っ込んだ
「お婆様・・・」
つららも祖母の豪胆な行動に冷や汗をかきながら呟く
「妾の可愛い孫を預けておる所じゃ、その総大将が弱くては話にならんからのう」
そなたの力量を見極めさせてもらった、ふてぶてしいまでに女は胸を張って言う


この女・・・


一瞬、弥々切丸で斬ってやろうかと不穏な考えが脳裏に浮かんだが、理性でもってそれを押し込みリクオは女に向き直った
「んで、俺はどうなんだ?」
皮肉気にリクオが口角を上げながら問うと
「ふむ・・・まあまあじゃな、まだまだ組もつららも守るには精進が必要じゃがの」
女は顎に手を当てリクオをまじまじと見つめると、深い意味を滲ませて不適に笑って見せた
バチィ、と見えない火花を散らしながら両者睨み合う


てめぇ・・・


なんじゃ、やるか?


無言の牽制をし合う中、つららだけがオロオロとするばかりであった



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